2016年10月06日

織田圭祐 退団のお知らせとご挨拶

2016年9月をもって、織田圭祐がニットキャップシアターを退団いたしました。
今後は東京を拠点に俳優としての活動を続けていきます。
これからの織田圭祐もどうぞ応援いただければ幸いです。


■織田圭祐より退団のご挨拶

どうも織田圭祐です。

サイトでお知らせがあったようにこの度ニットキャップシアターを退団する事になりました。
21歳で入団し、約8年間在籍したことになります。劇団、そして、ニットキャップシアターを観に来てくださっている皆さんには大変お世話になりました。

辞めるにあたって、直筆の文章で想いを書こうと思ったのですが、自分の字の汚さに腰を抜かしてしまいまして、ブログでの挨拶にさして頂きました。

ニットキャップシアターを辞めるからといって演劇を辞める訳ではありません。なので、良ければニットキャップシアターのファンの方も引き続き織田の事を少し気にかけて頂けると幸いです。


辞める理由は色々あるのですが、私自身そういうタイミング、運命だと思っています。運命なんてきれいな言葉はあまり好きではないのですが、敢えて使います。


私自身、運命論みたいなものを最近強く感じるようになっています。それを少し書きたいと思います。

私はずっとサッカー小僧でして、サッカーで桃山高校という京都の高校に入学しました。入学当時はサッカーとお笑いが好きで、寧ろ演劇をバカにしていました。

高校を卒業して少ししてから、ひょんな事で演劇に興味を持ち、何となく頼る所もなく、高校でお世話になった担任の先生に相談したら

「卒業生で俺の部活の教え子がそんなことをやっているはず」

っと紹介されたのが高原さんでした。そこからニットを稽古見学し、センスに憧れ、ここで面白い事がやりたいと思い入団しました。

入団当時は今のような形の芝居をする劇団ではなかったのですが、少しづつ変わり続け、変わり続けなければいけなくて、その大きな流れに乗って演劇してました。
演劇を始めた頃は、分かりにくい芝居には興味がなく、身体表現にも興味がなく、前衛と呼ばれるようなものもさっぱり分かりませんでしたが、劇団の流れと共に考えが進歩し、今の自分がいます。

今では、肉体を駆使苦使したい役者になっています。お笑いも当然好きですが、演劇にしか出来ない身体での表現が大好きです。そのおかげで、大きな舞台にも立てました。

で、運命論ですが、ここまでは何か強い必然性・運命を感じます。

私が、この高校に入ってなければ今はありません。沢山ある中の高校でここを選んで、沢山いる中の教師でたまたま高原さんと恩師が一緒でした。
高原さんがハンドボールをやってなければ恩師が被りませんし、僕が幼少期に兄に憧れてサッカーを始めず、野球や違うスポーツをやっていれば、この高校には入ってないでしょう。

ニットに21歳のタイミングで入団したのも、公演が良いタイミングでありました。そして、数年後大きく劇団のスタイルが変わりました。そのタイミングに演劇の基礎がない(今もないですが)自分はやってやるしかありませんでした。公演数も多く、場数や演劇経験値は新人では有難いくらいありました。

ニットでの出会いで多くの劇団に客演もし、その出会いを経て、東京へ遅いかもしれませんが行ってみようと思いました。

そして、有難い事にぼちぼちこちらでも暇せずに演劇が出来てます。憧れの舞台や劇場でお芝居が出来てます。

遡ればキリがありません。兄じゃなく姉ならサッカーやってないかもですし、私に弟がいなければ、こんな辺鄙な次男坊になってないかもですし、両親が厳格なら演劇なんかやらしてもらえないでしょうし。

全部こじつけかもですが、一個でも外れれば当然今が無いと思ってます。そして、結構私は今が幸せです。

その時々の選択肢はあるでしょうが、これもまたタイミング、運命だと思ってます。きっとニットに入団した時にはすでにこの道があったのでしょう。


あってるかは分かりませんが、ぽひぽひとこの道を歩いていこうと思います。

ニットの作品は好きですし、劇団員の皆さんもファンタスティックです。ただ、辞める道が目の前にあったから行ってみようかなと思っただけです。

またどこかでいつかニットに出会い、皆様に出会う運命があると信じて。


今まで有難うございました。そして、これからも宜しくお願いします


ではまた。

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posted by ニットキャッパー at 23:06 | Comment(0) | おしらせ
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